未定はいけないものを

遊戯王とか遊戯王小説の宣伝とか日常で思ったこととか

漫画乱入者理論。郷に入りては郷に従え

 突然ですが画面の前のあなた、あなたは異性の萌えに理解がありますか?あるとしたら、どれ位ありますか?

 今回の主題は、軽々しく「異性の萌えに理解が深い」とか言っちゃいけないよってことです。

 

 

 何だよそれって思ったかもしれません。僕は普段、にわかオタクもリア充オタクもオタクというスタンスなので、あまりこういう間口を狭めるようなことは言わない人です。でも、この件に関してはそうなっちゃうかなって思います。

 何故なら、性的嗜好の話には気持ち悪さというものが付きまとうからです。でもその気持ち悪さを受け入れないと、理解が深いとは言えないのでは?と思うからです。

 何故気持ち悪いか?それはキャラクターを読者にとって都合のいい道具として扱っているからです。

 例えば男向けのライトノベルを1つ作ってみましょう。パッとしないけど内に才能を秘めた都合のいい時だけイケメン扱いされる極普通の男が、女しかいない学校に手違いで編入されてそこでハーレムを築く。そこでは女はまるで男なんていないかのように露出等するけど、ふとした時に男にときめいたりします。

 元ネタがあるわけではないですが、これぐらいに都合のいい女が集まるライトノベルというものも恐らく少なくないでしょう。

 それが悪いと言っているわけではないんです。それを「私の心はおっさんでー」と言っている女が読んで生理的嫌悪感を感じて「男は単純で馬鹿」とか叩きだすのが、シュールだと言いたいんです。

 そりゃ普通は嫌ですよ。

 勿論逆も言えます。男達が軽い理由でヒロインにハート飛ばすようなのを見て、「作者の傀儡じゃん」と思うかもしれません。でもそれで少女漫画はご都合でーとか言ってる様はシュールとしか言えません。

 僕は嫌なら見るなという言葉は嫌いですが、だからって、よそのコミュニティーに仲間ヅラして入り込んで勝手に嫌な思いしてコミュニティーに暴言吐いて去っていくような人は不愉快です。

 そしてそれは高ニ病患者等にも当てはまります。

 昔は喜んで萌え萌えした小説を読んでいたくせに、なまじっか大人になって「最近の中学生は内容スカスカの萌えしかない本ばっか読んでる」なんて言っているのは、単純に自分の好みが変わっただけでは?と思わざるをえません。

 

 

 勿論、都合のいい設定で同姓を道具のように扱われるのが不愉快という気持ちは分かります。その思いは何も間違っていません。でもそう思った時は、自分が部外者であることを思い出して下さい。自分の為ではなく、どこかにある需要のためにあると思って、少し冷静になって下さい。